「時間管理の改善」「チーム内コミュニケーション促進」など身近な課題から、戦略判断・経営判断などハードな意思決定まで幅広く応用可能で、しかもシンプル!な問題解決ツールの「Solvent(ソルベント)」を以前のJADEブログ記事でご紹介させていただきました。
今回の記事は実践編。「関係者が納得のいくSEOの方針判断をする」ためのツールとして、Solventを活用していく過程を丁寧にご紹介します。
- 「SEOを社外/社内の専門チームに依頼するにあたって、適切なゴール設定をしたい」
- 「本当にSEOが一番やらなきゃいけないことなのか、腹落ちして判断したい」
- 「SEOの先にあるビジネス戦略上の本当の課題と紐づけて、SEOを捉えたい」
- 「さまざまな論点を俯瞰して、関係者でわかりやすく共有したい」
今回は、SEOを例に挙げていますが、上記のような問題解決が今よりもちょっと捉えやすくなると思いますよ!
本編執筆はSolventを考案された、(株)アーキットの堀内浩二さんです。
堀内浩二(ほりうち・こうじ)
株式会社アーキット代表。「個が立つ社会」をキーワードに、「知」(論理的思考・問題解決)、「情」(EQ理論)、「意」(内発的動機づけ理論・意志決定論)を融合させた社会人教育事業に注力している。社会人向け教育機関であるグロービスでは20年にわたってマネジメント・スクールおよび上級管理職コースなどの講師を務める。
工学修士(早稲田大学大学院理工学研究科)取得後、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)入社。シリコンバレー勤務を経験。帰国後、日米合弁のベンチャー企業にて技術および事業開発を担当。
では、始まり!
相手の話を4つの箱に入れながら整理する
例えば、勤怠管理SaaSを提供しているA社から
「見込み客からの問い合わせが思わしくないのでSEOをしたい」
という問い合わせがあったとします。
皆さんがSEOに強みを持つWebコンサルタントだとしたら、どんな質問をするでしょうか。
- 「ご予算はいかほどでしょうか?」
- 「問い合わせが思わしくない原因として思い当たるものはありますか?」
- 「思わしくない、というのは具体的にどういうことですか?」
- 「どのくらいの問い合わせ件数を期待していますか?」
- ……
聞くべきことはいろいろ浮かんでくると思います。そういった質問をどんな順番で聞くのがよいでしょうか。
問題の解決ですから、やはり目的・目標を明らかにして、現状を分析し、原因を突き止めて、それから課題の設定・解決策の立案...というのが論理的な流れです。
しかし「論理的に正しい順序」が「話しやすい順序」では必ずしもありません。
相手は問題を抱えて相談に来ているのですから「まずは思っていることを言わせてくれ」と思っているかもしれません。
重要なのは、最終的に相手(とこちら)の頭の中に問題解決のストーリーが浮かぶこと。ですので、わたしは大体「すこし詳しくお聞かせください」から始め、自由に語っていただいています。ただ、そう言ってしまうと話がどう飛ぶかわからないので、相応の工夫が必要です。
めざすのは、「自由に話をしてもらいつつ」「その論点を理解して整理しつつ」「必要に応じて質問して考えを進めてもらいつつ」「相手と一緒に問題解決のストーリーをつくりあげる」こと。
それを可能にするのが「あらゆる話を収める4つの箱」である Solvent(ソルベント) の 4-Box です(図1)。
目的・目標と現状とのギャップとして左列で問題を理解し、その原因を右下の箱に捉える。
把握した問題の構造を見渡したうえで、課題を右上に設定する。
一般的な問題解決の流れに沿っていますので、どこに何を書くかは直感的にイメージできると思います。
ただ、聞き手が「問題を解決しているのだ」と思ってしまうことで、無意識のうちに自由な発想が限定されてしまうリスク(フレーミング効果)があります。
「問題」という言葉が持つイメージに引っ張られてしまうと、「どこがなぜ悪いのか」といったマイナス面の分析に目が向きがちになります。
その結果、解決策も「悪いところがない状態にするにはどうするか」「他社との差をどう埋めるか」という方向に絞られてしまいます。
そこでこれらの論点を、図1のように時間(未来/現状)軸と因果関係(結果/原因)軸で区切られた4象限の図とみなすことを提案しています。
望む未来(未来×結果)のためにまく種(未来×原因)の話をしているのだと捉えることで、本来の目的に立ち戻ったり、創造的な解決策を思いつきやすくなったりします。
ではA社の担当者の話を聞いてみましょう。「見込み客からの問い合わせが思わしくないのでSEOをしたい」は、こんな感じです(図2)。
「すこし詳しくお聞かせください」から始めると、多くの場合は問題として認識している現状やその原因から話が始まります。
例えば相手が
「まだまだ認知度が低くて、なかなか検索にひっかからないんです」
と言ったとします。
「認知度が低い」ことが原因で「検索にひっかからない」という結果が生じている、ということですね。この解釈が本当かどうかは、分析をしてみないとわかりません。
しかし「認知度の低さが原因かどうかはまだわかりませんよね」と言う必要もありません。現場を知っている人の直感は経験にもとづいた妥当な類推であることも多いですし、相手の話す意欲を削いでしまってはヒアリングになりません。
ですからまずは現状と原因とを聞き分けながらメモをして、下段の把握に努めます(図3)。
どんな人(例えば新規ユーザーかリピーターか)がどんな言葉で(例えば「勤怠管理」という一般名か「A社(のサービス名)」といった固有名か)検索して訪問しているのか……など、このあたりはいろいろな切り口を試しながら聞いていくと思います。
そのような現状が問題であるかどうかは、問題がないと言える状態、つまり目標との比較によって決まります。
目標が明確であれば「そこにある問題」だけでなく「あるべきものがないという問題」にも気づけます。たとえばBという言葉で検索するユーザーに来てほしいのにBで検索されていないのなら、データがないことが問題です。
当たり前のようですが、いくら分析ツールが発達しても、使う側の期待や目標が明らかでなければ問題は明らかになりません。ですから話の途中で、目標についても確認します。
そんな会話を経て、「検索にひっかからない」状況が図4のように見えてきたとしましょう(実際には数字など具体的な情報が書き込んであると思ってください)。
さて、理解すべき現状は「問い合わせが思わしくない」ことです。したがってアクセス数に加えて、アクセスした人の問い合わせ率(例えば問い合わせページに至る率 × 送信ボタンのクリック率)など、問題視している現状に至る過程を想像しながら聞いていきます。
話を聞いていくと、どの要素も期待値を下回っているとのこと。そうなっている背景などを洗い出したのが図5です。
こうして見てみると原因はさまざまにあり得ます。そして原因が違えば、その原因を解消するために設定すべき課題も違います。原因ごとに設定できる課題を右上に書き込んでみました(図6)。
何をやるべきかは、何をめざすかによって決まる
では、どの課題を選ぶか。ここで立ち返るべきなのが左上の箱、つまり目的・目標です。
例えば
「この問い合わせ目標、より大きな目標の一部だと思うのですが……」
と聞いてみたところ
「はい、もちろん勤怠管理SaaSの販売目標がありまして……」
という答えが返ってきたとします。
その流れでその目標を置いた理由、つまり目的もたずねておきます。
「わりと高い目標とお見受けしますが、これはどういった背景で設定されているのですか?」
「市場が成熟に向かう中、この2年間でシェア3位に食い込んで事業基盤を確立したいというのが上の意向でして……」
こういった上位の目標やその背景にある目的を理解できると、問題を分析する視点も変わってきます。
例えばA社のサイトでは新規ユーザーの比率が他企業に比べて少ないことがわかったとします。問い合わせ数がただ増えればよいのであれば、ここを問題点とみなすべきでしょう。
しかし販売数UPという上位目標に照らして考えると、「売上に直結しそうな」問い合わせが増えることが望ましいわけです。
現状のどこが問題なのかという視点が変われば、それを生み出している原因も、その原因を解消するために設定する課題も変わってきます。
図7は、そういった仮説を吟味した結果、SEOよりも「見込み顧客層への直接的な認知度向上」のほうが効果が高そうだということが見えてきた様子を示しています。
赤で塗った部分が問題解決ストーリーの構成要素です。
目的・目標が違えば、同じ現状に基づいていても違ったストーリーになります。
例えば
「この問い合わせ目標、より大きな目標の一部だと思うのですが……」
と聞いてみたところ
「はい、勤怠管理SaaSの販売強化もあるのですが、実はバックオフィス業務全般のSaaS化ニーズを探るプロジェクトが走っていまして、そちらのインプットにしたいんです」
という答えが返ってきたとします。目的も聞いておきましょう。
「バックオフィス業務全般のSaaS化ニーズ、ということは……」
「市場が成熟に向かう中、勤怠管理SaaSを足掛かりに製品ポートフォリオの多角化を考えていまして……」
このような目的であれば、「売上に直結しそうな」問い合わせよりも「多様な」問い合わせが増えたほうが良いわけです。
とすると、問題解決ストーリーも変わります。図8は多様なユーザーを集めるためのストーリーです。
よい問題解決は信頼あってこそ
「目的・目標によって解決策が違うのであれば、最初に目的・目標をしっかり聞けばよいではないか」
と思われるかもしれません。
論理的にはそうなのですが、相談する側からすると、いきなりそう聞かれてもなかなか答えづらいものです。
頭の中にあることを全部伝えきらないうちに
「問い合わせ目標の上位の目標は何ですか?」
と聞かれても
「……(SEOの相談をしに来たのに、どうしてその話を聞いてくれないのか)」
と話す意欲が削がれたり、まして
「その目標は何のために設定したのですか?」
と聞かれても
「……(多角化を検討しているから、みたいな機微な話を初対面のあなたに話せるわけないだろう)」
と過剰に警戒したりしてしまいますよね。
目的や目標には、組織や個人としてこうありたいという当事者の思いが込められているがゆえに、信頼が築かれていなければ話しづらいのです。
解決策の提案が受け入れられるかどうかにも、信頼が関わっています。
A社のケースでいえば、もともとの相談は
「見込み客からの問い合わせが思わしくないのでSEOをしたい」でした。ストレートに応えるなら
「問い合わせ数が増えるようSEOを実施します」でもよいわけです。
これはこれで、相談者にしっかり応えています。ただしそこには
「問題を明確にするのは相談者がやること。こちらは与えられた問題を解く立場である」
といった暗黙の線引きがあります。相談者が単なるQ&A以上の価値を求めている場合には、物足りない回答になるでしょう。
一方、
「SEOよりも見込み顧客層に向けた直接的な認知度向上のための手を打った方が効果的です」
は、かなり踏み込んだ提案です。
「そこまで考えてくれたのか」と価値を認めてもらえればよいのですが、
「そんなことは頼んでいない」と思われるリスクもあります。
この2つの反応を分かつものは何か。やはり信頼ではないでしょうか。相談者が、自分のめざすものをよく理解したうえで、ビジネスにより資する提案を敢えてしてくれたのだと建設的に解釈してくれてこそ「そこまで考えてくれたのか」という価値が認められるわけです。
その信頼はどこから来るのか。源は3つあります。*1
一つ目は「能力」。相手の話を理解して専門的なアドバイスを提供するためには、相談したいことがらに関する相応の知識や能力が必要です。
二つ目は「善意」。相談者が「こちらの立場で話を聞いて考えてくれている」、つまり味方になってくれていると思えることです。
三つめは「誠実さ」。相談者にとってよかれと思っての提案であったとしても、一般道徳に反するような提案では信頼されません。ひらたくいえば、相談者が「まっとうな人だ」と思えることです。
コンサルティング業務の一環としてヒアリングするにせよ部下の相談に乗るにせよ、対話を通じて相手の問題解決を支援するには、相談に乗る側が問題解決能力を発揮するだけでは十分ではありません。
親身になって考える善意。目的のために最善のアドバイスを提供する誠実さ。相談者にそういった側面を含めて信頼してもらうのは容易ではありません。本稿で紹介した、相手のペースで話を聞いて問題解決のストーリーを一緒に作り上げていくアプローチを、その工夫の一つとして参考にしていただければ幸いです。
<編集後記>
Solventの4つの箱の使い方実践編の一例でした。議論の最初は、「見込客の問い合わせが少ない」から「SEOしたい」というシンプルな動機から始まったディスカッションが、箱を埋めていくことを通じて、豊かな問題解決ストーリーの筋が見てくるようになりました。
ビジネスコミュニケーションの要になる「目標・目的」「現状」「原因」「課題・解決」をフォーマットとしてあらかじめ持っている点もSolventが実践的である理由の一つだと思います。一枚のフォーマット上で線を引いたり、要素同士をつなげることを通じて当事者が納得する問題解決プランを生み出すのを支援してくれます。
また、最後に「信頼の源泉」として「能力」「善意」「誠実さ」がありました。当社JADEの社是「Growth & Integrity」のIntegrityはまさに「誠実さ」。コンサルティングを主生業とする弊社にとっても、改めて「誠実さ」は信頼につながり、問題解決ストーリーをお客様と共創するための大事な要素であることの認識を新たにしました。
Solventにより興味を持った方は、その他の記事もぜひご覧ください!
【Solventシリーズ初回記事はこちら】
【Solventシリーズ第3回記事はこちら】
【Solventシリーズ第4回記事はこちら】
*1:
[1]信頼を構成する要素はさまざまに提案されていますが、ここでは (Mayer, 1995) の枠組みに則っています。
参考文献
* Mayer, Roger C., et al. “An Integrative Model of Organizational Trust.” Academy of Management Review, vol. 20, no. 3, 1995, pp. 709–734.