身近な課題から、ハードな戦略判断まで活用できる便利な思考フレームワーク「Solvent(ソルベント)」活用方法を解説する本シリーズも3回目を迎えました。
前回は、“必ずしも論理的でも、順序だってもいない” 相談者からの相談を、対話を通じて4つの箱に整理していく中で、真に「やるべき」ことを、相談者自身の納得も得ながら発見していくプロセスのお話でした。
今回は、前回の記事では深く触れることができなかった箱、つまり「課題・解決」のパートを掘り下げていきたいと思います。
さまざまな与件整理も、最終的には行動に落とし込めて初めて意味を持ちます。
また、たくさんの「解決すべき」アクションが見つかっても、人的・資金的リソースが有限な中では本当に大事な一つか、二つのことに絞る必要があります。
「鍵」になる行動に結びつく考え方についてのお話をしたいと思います。
本編執筆は、第1回・第2回に引き続き、Solventを考案された(株)アーキットの堀内浩二さんです。
堀内浩二(ほりうち・こうじ)
株式会社アーキット代表。「個が立つ社会」をキーワードに、「知」(論理的思考・問題解決)、「情」(EQ理論)、「意」(内発的動機づけ理論・意志決定論)を融合させた社会人教育事業に注力している。社会人向け教育機関であるグロービスでは20年にわたってマネジメント・スクールおよび上級管理職コースなどの講師を務める。
工学修士(早稲田大学大学院理工学研究科)取得後、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)入社。シリコンバレー勤務を経験。帰国後、日米合弁のベンチャー企業にて技術および事業開発を担当。
【もくじ】
問題解決の鍵は課題設定にあり
問題と課題の違い
あなたが経営者だとして、オンライン事業の責任者から進捗報告を受けるシーンを想像してください。
「問題はコンバージョンが目標に到達しそうにないことです」
と言われただけでは不安になりますよね。ここで、たとえば
「目標達成への課題は、サービスAのSEO強化です」
と添えられると安心できると思います。
なぜか。それは「サービスAのSEO強化が課題だ」と言うには、次のような問題解決の思考が進んでいる必要があるからです。
- コンバージョンが一律に低いのではなく、サービスAにおいて特に低い問題点を特定し、
- サービスAについて新規ユーザーのトラフィックが少ないことを突き止め、
- その原因が(あまたある原因仮説の中でも特に)検索チャネルからの集客施策の不足であると推論したので、
- サービスAのSEO強化が問題解決の鍵である
Solventの4-Boxでいえば、図1のような分析が済んでいます。
“問題”と“課題”は似た言葉で、どちらを使っても違和感がない使い方もあります。しかしこの例が示すように、ビジネスでは“課題”に「問題解決の鍵」「解決の方向性」といったニュアンスが含まれています。問題と課題の関係を Solvent の 4-Box で図示したのが以下です。
ここで注意点をひとつ。問題解決にかぎった話ではありませんが、論者によって言葉の定義が違います。本コラムで伝えたいのは「具体的な解決策の立案の前に課題設定というステップを置こう」であって、「課題という言葉はこのように定義されないとダメだ」ではありません。
※ ときどき「英語では、問題は problem ですよね。では課題は issue ですか subject ですか?」と聞かれます。辞書的な定義からは外れますが、わたしの語感ではここでいう課題にもっとも近いのは challenge です。その意味では課題を「挑戦課題」や「戦略課題」と読み替えていただくとしっくりくるかもしれません。
伊東から一言
「課題はChallenge」という表現は個人的にとてもしっくりきますね。米国のマーケティングカンファレンスにいくと、”What’s your challenge as a marketer in 2024 and beyond?”といった問いかけや会話を耳にします。これに近いのかな、と感じました。
問題解決=原因の解消、とは限らない
問題解決では原因追究を繰り返して深い原因(真因)を突き止めるべし、と言われます。なぜなら、表面的な原因を解消するだけでは問題が再発するかもしれないからです。また深い原因は往々にして多くの問題を生み出すため、解消できれば多くの問題解決につながります。
たとえば、先に「サービスAで検索チャネルからの集客施策が不十分であること」を原因としました。これをさらに深掘りして:
- その原因は、当初行われていた定点観測が行われなくなったこと
- その原因は、長期的に改善サイクルを回す体制の欠如
- その原因は、短期志向で売上至上主義的な経営戦略
と推察していくイメージです。この深い原因を解消するには、課題もそれに応じて「経営戦略に長期的な視点を採り入れること」などと設定する必要があります(図3)。
ただし、深い原因は解消が難しく時間もかかります。もちろん原因を突き止めた以上は解消を図るべきですが、「近視眼的経営が続くかぎりコンバージョン問題は解決しない!」とこだわってしまうと、解決のためにほかにできることを見逃してしまうかもしれません。
後述するように、原因の解消以外にも問題解決の道はあります。ですので、原因は原因、課題は課題、とステップを区切るのがおすすめです。
また、問題によっては原因を追究しないほうがよい場合もあります。たとえば「はつらつと仕事をしたい(目標)のに元気が出ない(現状)」人が原因を掘り下げていくとします。
- 元気が出ない原因は? もちろん昨日の失敗。
- 失敗の原因は? ……自分の能力不足だろう。意欲も不足しているかも。
- その原因は……ダメ人間だから? はー、なんか元気がなくなってきた……(現状の悪化=問題の拡大)
このような心理的な問題については、あえて原因を追究せず、まずは「いい気分になれる時間を増やす」ことを課題として設定するほうがうまくいくでしょう。これは「解決フォーカス」として後述します。
伊東から一言
“長期戦略の欠如”のような「そもそも論」は、時と場合によっては「空気を読まない」発言として嫌われがちですが、個人的には大事にしたい考え方だと思っています。一方で、組織のなかで仕事をする限り「権限」がありますので、問題解決のレベルを自分の「権限」で対処できるレベルにまで落とし込む、あるいは「権限を持っている別の人(上司)」を“自分”が動かす必要がある、というのが現実です。
その意味で後述の“解決フォーカス”という視点を持つことも大事ですね。
課題の候補はこんなに幅広い
課題として設定すべきは、「原因の解消」だけではありません。図4は、問題の構造(グレーの領域)が把握できれば、さまざまな課題候補が挙げられる様子を示しています。
具体的に見ていきましょう。
課題設定の幅を広げる3つのフォーカス
分析フォーカス: 原因の解消を図る
問題の原因解消を課題として設定するアプローチを「分析フォーカス」と呼びます。問題解決の常道で、第1回、第2回でも解説していますので、今回は省略します。
問題がヒト寄りというよりはモノ寄りで、原因が単発的というよりは構造的である場合に特に有効です。
解決フォーカス: 強みを伸ばす
問題解決では、いきなり解決策を考えるのは厳禁、と言われます。しかしあえて原因を追及せず、「目標に向かって何ができるか?」とダイレクトに問いかけると、問題解決の「鍵」が見つかる場合もあります。
なぜなら、我々は問題を分析する際に、ともすると「比較して弱いところ」を探してしまいがちだからです。これは「問題」という言葉が持つ「好ましくない事態」というニュアンスのせいかもしれません。サービスBと比較してAが弱い、SNS経由より検索エンジン経由が弱い、そういった発想に傾きがちです。
しかし問題が解決できるなら、弱みをなくすだけでなく強みを伸ばしてもいいのです。たとえば今回のケースでは、数字が劣っている検索エンジン経由でサービスAへの流入を改善するのではなく「サービスAで好調な他チャネルからの流入をもっと増やすこと」を課題として設定してもよいわけです。
また、もし全サービス合計で目標を達成すればよいのなら「好調なサービスBに注力してAをカバーすること」を課題として設定するのもありかもしれません。このように、解決フォーカスはしばしば目的・目標の見直しにもつながります。
※ 解決フォーカスは、先に述べた心理的な問題に対して有効です。詳しくは「Solvent for 解決フォーカス」をどうぞ。
伊東から一言
「問題解決的なアプローチは、真因が分かるまでアクションをおこしてはいけないから自分には不向きかも」と思っていらっしゃる方には朗報の考え方ですよね。
SEOにおいてもこの発想は時に大事です、というか長期的な成果を作り続けるには「コア・ウェブ・バイタルズ(CWV)の数値」を完璧にすることを考えるよりも、自社の強いところを伸ばして磨くほうがよっぽどよっぽど(敢えて2回連呼)大事です!課題は解決したらそこからの伸びしろはゼロですが、強みを伸ばし続けることは無限の伸びしろですから。
目的フォーカス: 目的・目標を見直す
理想と現状との差(から生じる不一致感)が問題なのですから、理想の方を変えて差をなくすこともできるかもしれません。今回の例でいえば、目標を現状に合わせて「全サービスで170」に下げれば問題そのものが解消します!
もちろん、業務上の目標を勝手に下げることは通常あり得ないでしょう。しかし問題構造を見渡した結果、「難しい問題」であることがわかったとしたらどうでしょうか。難しい問題では、解決のために「難しい課題」を設定する必要があります。解決には多大なる時間や予算が必要になるでしょう。ほかに問題解決の「鍵」はないのか……と考えるとき、目標を下げたり分けたりするといった、目的フォーカスによる課題設定が選択肢に入ってくるはずです。
目標を見直すには、何のためにその目標を設定したのかという目的の問い直しが欠かせません。今回の例でいえば、何で測って「業界 No.1」をめざすのか、そして何のために「業界 No.1」でありたいのか……目標の見直しを課題とする場合、それに伴って目的の再確認・再定義が課題になることもあります。
伊東から一言
伊東の好きな言葉に「コンテンツマーケティングにあるのはゴールではなく、方向性である(Not a goal, but direction)」(Cleveland Clinicのコンテンツマーケティング責任者Amanda Todorovich氏)という言葉があります。成果が出るまでに時間がかかるマーケティング施策の代表選手のような存在であるコンテンツマーケティングを追求してきた方の重い言葉であり真実だと思っています。目の前の目標は確かにとても大事でベストを尽くすべきですが、それより大事なことは正しい方向を向き続けていられるかだとも思うのです。
[Amanda氏についての記事] コンテンツマーケティングを飛躍させる「オーディエンス・ストラテジスト」という職能 - ブログ - 株式会社JADE
「鍵」を特定し、組み合わせる
全体に影響を及ぼす少数の「鍵となる因子」を見出す
ここまで例として挙げた、さまざまな視点からの課題候補を一枚にまとめたのが図8です。
ここから、全体に影響を及ぼす少数の「鍵となる因子」を探します。テコの力点を探す、(システムを動かす)ボタンを探すといった表現でピンと来る方もいらっしゃるかもしれません。
これは因子思考(ファクター・シンキング)と呼んでもいいほど重要かつ効果的な発想で、次回に予定している戦略思考の要点でもあります。たとえば経営戦略では、環境分析からKSF(キー・サクセス・ファクター、成功の鍵となる因子)を見出し、それを満たすように戦略を立案します。シナリオ・プランニングと呼ばれる未来予測でも、未来を左右する重要な因子を絞り込んだうえで、その組み合わせからシナリオを生成します。
鍵を探すには想像力が必要です。4-Boxに可視化した問題構造を見ながら「もし目標を全サービスの合計値に置き換えられたら何ができるか?」「短期志向の経営が原因の一つだと指摘したら何が起きるか?」など、課題を仮置きし、実際にそれに取り組んで生じる変化のシミュレーションが必要です。
ある程度取り組むべき課題が絞り込めたら、それらを組み合わせていきます。
課題ポートフォリオを作る
わたしが風邪をひいたとします。そして「今日は栄養ドリンクで乗り切ろう。でもちゃんと医者に診てもらって薬を処方してもらおう。そもそも寝不足気味の生活習慣も改めなきゃな」と思ったとしましょう。これは風邪という問題に対して3種類の課題を設定したことになります。
問題解決においても、複数の課題を組み合わせて設定しましょう。数に決まりはありませんが、Solventでは期待効果、取り組みの難易度、実装期間などを勘案したうえで「重点課題」「クイックウィン」「長期課題」の3種類を設定することを標準としています。イメージを図9に示します。
重点課題は、問題意識にしっかり応えられる課題です。コンサルティングワークでいえば提案の核とする課題です。今回の例では「サービスAのSEO強化」があたります。
クイックウィンは、容易に取り組めて、かつ短期間で一定の効果が出せそうな、小さな課題です。特に重点課題の解決効果が出るまでに時間がかかる場合には、プロジェクトに勢いをつける効果が期待できます。今回の例では「好調なチャネルからサービスAへの流入をもっと増やす」でしょうか。
長期課題は、問題の構造を見渡して捉えた本質的な課題です。たとえば問題を分析していくと、しばしば戦略の不全や組織の不備、文化の硬直などの原因が浮かび上がってきます。解決されないと先に進めないということはないけれど、放置すると再発や悪化の可能性があります。そういった根本的な原因から目をそらさないために、長期課題として掲げておきます。
伊東から一言
弊社がコンサルティングのご支援をする場合は、短期・中期・長期での課題の設定は必ず行うようにしています。プロジェクトは時間軸がありますので、その中で何ができて、何はできないかは明確にしたほうがお客様と目線があった状態で仕事ができると考えているからです。
ファクター・シンキングの件で、伊東の経験をひとつ。とあるアパレル系サイトのSEO支援をさせていただいたとき、分析の結果、どう考えてもUXの改善、特に掲載している商品画像(販売している服を来ている女性がポーズをとって写っているもの)の古さをなんとかしたほうが良いだろうと考えました(写真の閲覧体験の改善を重要な因子と捉えた)。社内の他のコンサルメンバーのアイデアも募って、各写真の背景をある色に一括変更する提案をしたのです。キーワードでも、リンクでもなく、一律のデザイン要素の変更を加えることでユーザー体験が大きく変りそうなところをたった1つだけ提案したのです。これによって、ユーザーの閲覧体験とSEOの双方が同時に良くなることを意図しました。
解決へ:行動計画を立て、実行する
課題が設定できれば、いよいよ「解決」です。タスクを分割し、リソースを割り当て、実行し、状況が目標に向かって動いているかどうかをモニタリングしていきます。解決作業の詳細については本コラムでは割愛します。
組織の誰もが問題解決者
今回の例では、オンライン事業の責任者が「コンバージョンが目標に到達しそうにない」問題を解決するために「サービスAのSEO強化」という課題を設定しました。たとえばこの課題解決を部下に依頼するとしましょう。部下からすれば、これは解くべき「問題」ですよね。
仕事上の問題はこのように連鎖しています。コンバージョンの問題も、より大きな問題(たとえば業績向上)を解決する「鍵」の一つとして設定された課題であるはずです。組織として取り組む問題がつながっているイメージを図10に示します。
しばしば、上から降ってきた仕事を切り分けて下に渡すだけの仕事は不毛だという理由で、中間管理職不要論が話題に上ります。たしかにそういった仕事はコンピュータや機械が代替できるでしょう。
しかし本来、組織の問題はそれほど単純には解決できません。図10では、大きな問題が単純に小さな問題に分割されているわけではない点に注目してください。大きな問題の担当者は、自分の問題解決の「鍵」を見定めて課題とし、部下に託しています。つまり、問題解決はどのレベルでも必要なのです。
自分の問題が、より大きな問題とどうつながっているのかを意識する。自分の問題について考え抜き、解決の「鍵」を課題として設定する。解決を他者にゆだねて終わりにせず、解決に向けて必要なフォローアップをしていく。そういった粘り強い行為の連鎖こそが、複雑な問題の効果的な解決を可能にします。
健全な組織においては、誰もが問題解決者なのです。
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