クリーブランドを離れワシントンD.C.で開催
JADEの伊東です。
2023年9月26日-28日にかけて開催されたコンテンツマーケティングワールド2023(CMW2023)に参加してきました。
今年から開催地がクリーブランドからワシントンD.C.に移り、会場の雰囲気も一新。
その効果か、昨年に比べて参加者数が若干増えたような印象を受けました。メインカンファレンス前日のワークショップに参加した際に会話したアメリカ人女性が、「クリーブランドは遠いからこれまで来れなかったけど、ここなら近いので申し込んだ」と話していました。
国内の航空路線が発達している米国でもカンファレンス参加の距離の壁は大きいのだな、と考えてみれば当たり前のことを認識。来年はサンディエゴ開催とのことなので、CMI(Content Marketing Institute; CMW主催組織)としてはしばらく新しい参加者との出会いを優先して、開催地を色々変えていくのかもしれません。
本カンファレンスはセッションが同じ時間帯に複数開催されるマルチトラックで、どのセッションを選ぶかを決めるのも大変ですが、これもまた楽しい時間。「このテーマに興味あり」「この人の話を聞きたい」とあーだこーだとホテルの部屋で一人うなりプランを立てます。
そのため選んだセッションによって、参加者のこのカンファレンスに対する印象は随分異なると思います。ちなみに伊東のこれまでの印象(過去6回参加)では、「SEOセッション選んだ人の評価は低い」「ストーリーテリングやEメールマーケティング、コンテンツ戦略等を選んだ人の評価は高い」です。
SEOのインプットなら別の専門カンファレンスに行ったほうが良いと思います。このセッションの塩梅が欧米のコンテンツマーケティングの実態だとも考えます。
様々な印象を持ちうるCMW2023に関して、この記事ではロバート・ローズ(Robert Rose)氏による基調講演の話とそれに連なる内容となっていたアリ・ワート氏(Ali Wert)のセッションについてご紹介したいと思います。
意識的なコンテンツマーケターと無意識的なコンテンツマーケターに共通しているものは?
メインカンファレンス初日はCMIの重鎮、ロバート・ローズ氏による基調講演から開始。
毎回、カンファレンス全体の方向性や見方の指針を与えてくれるようなセッションになることが多いが、今回のセッションタイトルは ”Marketing is Content Marketeing”。Content Marketing is part of Marketingではなく、その逆。
これはどういうことか。
コンテンツマーケティングを語る際の枕詞にもなったビル・ゲイツによるかつての”Content Is King”のエッセイを引用しながら、ロバートは「私がこのビル・ゲイツのエッセイで目を引いたのは、Content Is Kingという言葉よりも、エッセイ最後のパートのところだった」と述べた。
Those who succeed will propel the Internet forward as a marketplace of ideas, experiences, and products — a marketplace of content.
(成功する人はインタネーットをコンテンツの市場(アイデア、経験、製品)として前に推し進めていくことでしょう)
A marketplace of content, これは今日マーケティングの中心的な取り組みであり、そしてこれまでコンテンツマーケティングが担ってきた事柄だ。
私たちがこれまで企業のマーケティングに、メディア企業(Media company)の発想を取り入れようということで推し進めてきたコンテンツマーケティング。
実際に、コンテンツマーケティングのアプローチを「意識的に」取り入れることで、 — すなわちオーディエンスを構築しそれをベースに直接的・間接的にさまざまな価値をビジネスにもたらす取り組み—、 成長してきたRed BullやCleveland Clinicなどの多くの事例がある。
一方で、「無意識的な」コンテンツマーケティング企業もある。マイクロソフトやJPモルガンチェイス、LEGOなどがそれにあたるだろう。これらの企業はコンテンツマーケティングのベストプラクティスを学んだわけではなく、賢明なビジネス上の意思決定としてオーディエンス構築を行い多様なビジネスモデルを展開してきている。
彼らの企業買収を通じたオーディエンス拡大や新しいメディアプロパティの展開など、メディア企業のような動きは、彼ら自身のスマートなビジネス戦略上の判断の結果に過ぎない。
ともにオーディエンスビジネス(Audience Business)であるという点で、コンテンツマーケティングが単にマーケティングの一領域ではなく、今日のマーケティングそのものだ(Content Marketing is Modern Marketing Evolved.)と言えるひとつの理由があると言えよう。
ジョー(Joe Pulizzi; CMIファウンダー)とかつてコンテンツマーケティングの未来について話しあったとき以上の変化だ。
そして「意識的」「無意識的」なコンテンツマーケティング企業の差別化は、彼らが作り出すコンテンツそのものではなく、それを生み出す一連の企業としての活動(operation, a set of activities)によってもたらされているのだ。
コンテンツ戦略をスケールさせるオペレーション構築の方法
ここ数年、毎年登壇しているAli Orland Wert氏によるコンテンツ戦略の一分野であるコンテンツオペレーションについての話。
個人的には彼女のセッションはコンテンツマーケティングの本筋を行く王道的な話が多く好み。
以下、セッション内容です。
コンテンツオペレーションは面倒で退屈かもしれない。
一方でオペレーションを整えていくことは企業内コンテンツマーケティングにおいての最重要課題でもある。
CMIとMarketingProfが定期的に行っている調査レポートによれば、サイロ化問題は最も大きな問題として挙がっている。
私たち企業内のコンテンツチームの役割について、ロバートはこのように言っている。
THe content team's job is not to be good at content; their job is to enable the business to be good at content.
(コンテンツチームの仕事はコンテンツ作りが上手になることではなく、組織がコンテンツ作りを上手にできるようにすることである。)
コンテンツ制作そのものやコンテンツ戦略作りなど、リアルなコンテンツマーケティングに比べてオペレーションの優先度は上げづらいもの。しかし、コンテンツオペレーションを整えることは大変重要なコンテンツマーケティング戦略の一部なのだ。
整え方の3つのステップ:Swim Lane → Silos → Scalability
どのような手順でオペレーション構築を行っていくか。その手順として、1) Swim Lane, 2) Silos, 3)Scalabilityの順に話をしていきたい。
Swim Lane
Swim Lane: プールのコース別のレーンのように、まずは整える、整理整頓のステップについて。
コンテンツマーケティングにおける整理整頓の要は、「責任の所在範囲の明確化」と「各種情報の整理」の2つ。
コンテンツチームのみんなが自身の責任を果たすことができるように役割と責任、そして必要な情報がどこにあるのかを明確にしていくことだ。
「誰が何に責任をもっていて、それを承認するのは誰で、誰に共有されているべきか」
これをまず整理するにあたっては有名なRACIモデルが有用だ。以下をタスクごとに明確化していく。最初はとても大変だが社内ワークショプを通じて、やり切ることがその後のコンテンツガバナンスに大きく影響するのでぜひ取り組みたいもの。
- Responsible:直接的にそのタスクに取り組む人
- Accountable:そのタスクに対して承認する/責任を持っている人
- Consulted:そのタスクの実行について相談される人
- Informed:そのタスクに直接的にかかわっているわけではないが、共有されるべき人
アリ氏の所属するappfire社内では、このRACIチャートをもっと簡略化したチートシートを社内に公開している。多くのメンバーにとって関係しそうな主要なコンテンツマーケティングの取り組みについて誰が担当で、誰がレビュアーかなどを簡潔にまとめたシートだ。
このほか、個人レベルの責任範囲をチームレベルに集約して一覧化するなど様々なレベルでRACIで明らかにしたものを整理している。
そして、チームナレッジコンテンツの整備も行っている。新しいメンバーでも必要な情報を見つけやすくなり、問い合わせに対して資料を探す手間も省けるようになる。
Silos
Swim Laneのプロセスとは別に必要な取り組みが、組織内サイロを取り払うための動きである。
このステップでの目標は、みんなが同じ目標に向かってシームレスに動けるようにすること。
このような課題がきっとどの組織にもあるだろう。
- お互いのチーム同士の取り組みを知らない
- 重複したタスクが実は存在している
- タスクの抜け落ちが定常的におこる
- 重要な情報へのアクセスが難しいことが多い
- チームが目的を誤解して/行き違いして動いている
サイロ化を脱するための行動としてオススメしたいのは、「コンテンツミッションの言語化(Content Misson Statement)」を行うことだ。
コンテンツ・ミッション・ステートメントの構成要素
- オーディエンス:私たちのコンテンツは誰の便益のために供するものか?
- デリバー:私たちのコンテンツが提供する情報はどのようなものか?
- ベネフィット:私たちのコンテンツによってオーディエンスができるようになること
特に買収などで組織メンバーが増えたり入れ替わったりした際にミッションの統一化を図るためには有効な取り組みである。
ミッション・ステートメントが出来上がったら次にコンテンツ戦略を話し合って整理していく。
コンテンツ戦略で明らかにすること
- ターゲットとするオーディエンスは(よりspecificに)?
- うまくいった場合の状態は?
- マーケティング目標にどのように沿わせるか?
- 成否は何によって計測する?
- 進捗報告はどのように行う?
- 予算は? 等
そしてこれらをマスターコンテンツカレンダーへ落とし込む。
ここまでできれば、いよいよ「サイロ間をブリッジ」させるステップに進むことができる。
オススメしたいアクションは、プロセスワークショップをできれば対面で行うことだ。
ワークショップのなかで、
- 部署横断ですべてのコンテンツマーケティングの取り組みを収集
- 全てのワークフローをマッピング(RACIドキュメントを活用)
- キャンペーンブリーフ(企画書)の作成
を行う。
とくにキャンペーンブリーフは、個別のコンテンツマーケティングキャンペーンの” Single Source of Truth”(最も信用でける参照先)としての役割を担う。キャンペーンブリーフにはすべての作業ステップ、責任者、締切、その他関連作業が記載されている必要がある。
このようにしてサイロ化から組織化が行われてくるにしたがって、全体の見通しが立ちやすくなる。
appfireでは、各コンテンツマーケティングの取り組みについて「時間、予算の規模の応じてどういったレベルの取り組みが可能か」をTシャツのサイズ(S/M/L)になぞらえた ”T-shirt Sizing”というドキュメントを作成し公開している。
- 時間軸別(2週間、4週間、…)にできることやサンプルを提示
- 2週間でプロモーション動画を作る場合にできること/できないことを例示、など。
社内からの要求に対する期待値をコントロールする際にも機能するツールである。
Scalability
さて、スイムレーンを整え、サイロを脱したあとに期待できることはコンテンツマーケティングの取り組みをスケールさせることだ。
持続可能な未来に向けてのオペレーションを構築するためのステップに進もう。
組織が大きくなってくるとさまざまなチームがコンテンツを作り始める、あるいは要望してくるようになる。サポートチーム、デマンドジェネレーションチーム、ウェビナーチーム…。
大きなコンテンツマーケティングの取り組みの軸をぶれないものとするために、「コンテンツ評議会」という取り組みを紹介したい。
これは組織横断でコンテンツに関わる各部署から代表者に入ってもらい、自社のコンテンツマーケティングのミッションを共有し、それを各部署内で啓蒙してもらう機能を担う。
この取り組みで肝になるのは人選だ。コンテンツに実質的にかかわることにないメンバーが参加しても機能しづらいし、部署内での影響力がある人であることも必要である。
アリ氏は当初この取り組みには懐疑的だったが、実際に取り組んでみると取り組み方次第で有益であることを実感したとのこと。
このほかにも、キャパシティプランニング、アセット管理などコンテンツ管理やオペレーションに有用な考え方が種々紹介された。
ちなみにアリ氏の過去の登壇セッションの一部がYouTubeでも公開されているので興味のある方はぜひご覧ください。
ひとつはコンテンツマーケティング戦略、もう一つはバイヤージャーニーに関してのもの。
どちらも現地で聞きましたが、うん、正統派だと感じさせる内容。毎年、セッションを行う部屋が広くなってきているので、スピーカー評価も高い数値を得ているのではないかと思います。
最後に
企業がオーディエンスとのつながりをダイレクトに持てるようになったという大きな変化が生まれて随分時間が経ち、もはや当たり前のように感じている今。
それを大きなチャンスととらえてコンテンツマーケティングという枠組みで啓蒙を行ってきたCMIと、それに倣ったわけではなけではないが機会ととらえて自然なビジネス判断の結果、自社で巨大なオーディエンスを構築するに至った「無意識的な」コンテンツマーケティング企業の存在。
それを俯瞰すると”Marketing is Content Marketing” という捉え方も確かに理解できる側面もあります(我田引水感もあるので、ニュートラルに見る必要はあります)。
このタイミングで、CMIが米国マーケティング協会と共同で「コンテンツマーケティングリーダー」の認定プログラムを開始したことも、実践のマーケティングとしてのコンテンツマーケティングの格がひとつ上がった感覚をロバート・ローズ氏としても持っているのかもしれないです。これは当事者としてはうれしいことですよね。
個人的には、アリ氏のセッションのような「外からは見えずらいがコンテンツマーケティング組織を強くする」オペレーション戦略関連の議論が今後進化していくだろうと思っており注目しています。
企業のサイズの大小にかかわらず、常に変化のあるのが組織ですから、このような「整える、共有する、スケースさせる」ことを意識したアイデアは取り入れていきたいものです。
ロバート・ローズ氏の新著「Content Marketing Strategy」はこの10年ぐらいの氏の様々な発信内容がまとまった濃密な書籍。個人的には毎年「Content Marketing University」を受講しているので、被る内容も少なからずありましたが書籍に落とし込むにあたって更に洗練されて落とし込まれており、手元に置いておきたい一冊と思っています。皆様にもオススメです。