【新連載】蔵前教授の白熱!検索教室 第1回「IQFから始めよう」の巻

この物語について

2023年春。ここ、東京・秋葉原はインバウンド観光が再開され海外の観光客が多く訪れるようになり、街全体が活気を取り戻しつつある。

その片隅に校舎を構えるJADE大学は、検索エンジンの過去・現在・未来及びそれを活用したビジネスの在り方を研究している「検索教養学部」が設置され5度目の新学期を迎えた。

この物語は、検索教養学部で繰り広げられる教授と生徒たちの白熱の議論をお伝えするものである。

 

登場人物紹介:

蔵前教授

検索エンジンなど社会へ大きなインパクトを与えるプラットフォームを長年研究。特にスパム検出のアルゴリズム開発については複数の企業で実務者としても関わってきた経験を持つ。

趣味はスプラトゥーンと、イギリス製ミニチュアゲーム製作。長期休みがあると旧街道を歩き回るクセがある。めっちゃ歩いたけどまだ膝は大丈夫。JADE大学は本当は蔵前エリアにキャンパスを開設したかったけど教授会で「ピンとこない」という理由で却下された。せめてとの思いで苗字を改名。

 

一堂スパム(いちどう・すぱむ)

検索教養学部の学生。根はとてもいい奴だが、考えることがついつい脱法的になってしまうクセがある。.xyzドメインを108個持っている。

 

冷越タブロー(れいえつ・たぶろう)

検索教養学部の学生。検索結果を眺めるのが趣味。最近ビジュアライゼーションにはまり出している。目立つのが好きではないため言葉少な目だが、主張したいときはグラフで論破する。

 

外神田唯(そとかんだ・ゆい)

教育学部の学生。夢いっぱいにJADE大学に入学。将来は地元の図書館で司書をしたいとの思いがあり図書館学を専攻しているが、その単位取得の一環で検索教養学部の授業に参加している。活字中毒で、検索エンジンのことは実はあまりよく知らない。正義感が強い。


(1場:教室にて)

長い渡り廊下。

その行きついた先にJADE大学301教室がある。通称パーマネント。

教室からは生徒たちの騒がしい声が聞こえる。

チャイムが鳴る。

しばらくして蔵前教授が入室してくる。

 

蔵前:

みなさんごきげんよう。春休みはどうだったかな。

 

生徒は口々に、小さな声で「おはようございまーす」と言う。

一人の生徒が手を挙げる。一堂スパムだ。

 

一堂:

教授。僕は休みの間、更新を止めていた個人サイトの運営に励みました。最新のSEOを施したら検索流入が倍になりました!授業に参加した成果が出ました!だから単位ください!

蔵前:

ほほぉ。それは素晴らしい。

 

と、その時、冷越タブローがおもむろにグラフが表示されたラップトップの画面を二人に示す。

グラフの右側(新しい日付)は全体的に右肩下がりだ。

一堂:

あっ

冷越:

一堂君。・・・違うよね。

一堂:

くっ

冷越:

一堂君の保有している108個の.xyzドメインのほとんどが、最近のアップデートで死んでいます。ほら、これがそれを示すビジビリティスコアだよ。

一堂:

いや、あの、あれ、おっかしーなー(とぼける)。・・・・・・・(なんか言い訳言う)

って、おい、冷越、なんで俺の108個の.xyzドメインのドメイン名をいちいち知ってるんだよ!

冷越:

・・・・。

 

冷越、何も言わない。ただ、薄く笑い、ラップトップに向かう。

 

一堂:

な、なんだよ…。気味わりぃ…。

外神田:

ねえねえ、冷越君。

 

冷越、振り向いて外神田を見る。

 

外神田:

さっき言ってた「び、びじびりてぃ、すこあ」って何?

冷越:

あぁ、たくさんのキーワードの検索順位の状況をサイト単位でおおざっぱにつかむために順位にポイントを付けて合算したスコアのことだよ。

伝統的には、1位に30点、2位に29点、…30位に1点をつけて、それ以下はすべて0という感じで計算することが多かったんだ。

だけど僕が最近考案したのは、昨今のモバイル時代の動向も加味して、順位ごとの価値を見直したものなんだよ。

 

冷越、嬉々として外神田の質問に答える。

 

外神田:

ふーん。

 

と、外神田、メモをとりながら解説を聞く。

 

一堂:

教授!聞いてください。ぼかぁ、何も悪いことしてません!ぼくは、ぼくは・・・ただ….け、検索で順位を上げたいキーワードをページの背景色と同じ白色フォントでメインコンテンツの下部にちりばめただけだったのに!

 

蔵前教授、頭を抱える。

 

蔵前:

そんな手法、いったいどこで学んだんだ?

 

一堂:

ほら、ここに!

 

と、昨年の講義で使用したテキストを見せる

 

蔵前:

よく見たまえ。

 

一堂:

え、はい、えーと、「以下に記載の事柄は・・・すべてGoogleのポリシーに違反しており、・・・ん? 掲載順位がさがったり、ん・・・?まったく表示されなくなるので絶対に行ってはならない」

って、えーっ。

 

蔵前:

なんのレトリックも用いずストレートに禁止事項として伝えたはずだぞ。

 

一堂:

・・・・すみません。正面からこんなに禁止と書かれると、実はいいことがあるんじゃないかと無意識に考えてしまう癖が。

 

蔵前:

その脱法思考は深刻だな。単位はおあずけ。今年こそ、真面目に素直に授業に参加して単位取得をしてほしい。

 

一堂:

・・・・はい。

 

蔵前:

それでは授業を始めよう。

 

(2場:授業開始)

SEOはなぜ難しいと思われているのか?

蔵前:

このクラスは検索に関する基礎教養を学ぶ場だ。検索にまつわる事象は、表層的なさまざまな最新動向の変化と昔から変わらいファンダメンタルな領域の二つに大きくは分かれる。

君たちにはこの授業を通じて、おもにこのファンダメンタルへの理解を深めてもらいたいと思っている。

 

生徒たち、蔵前を見つめる。

 

蔵前:

今日は初回の授業として、こんなテーマで話をしてみたいと思う。「SEOはブラックボックスではない」。

三人:

えっ

冷越:

それは衝撃的発言です。

一堂:

「SEOはブラックハットが正義!?」

蔵前:

どう耳を傾けたらそう聞こえるんだ?

一堂:

ブラックと聞くと無条件に…すみません!この脱法マインド、メッ!(と自分で自分を小突く)

外神田:

冷越君、ブラックハットって?

冷越:

図書館には存在しない、知らなくてよい言葉だよ。

外神田:

もうっ

蔵前:

「SEOはブラックボックス」という印象は、「SEOは難しい」というイメージにつながる。

この問題の根底にあるものはなんだと思う?

一堂:

やはり、隠しテキストでしょうか。

蔵前:

もう帰っていいぞ。来年会おう。

一堂:

メッ

冷越:

単にウェブページの制作ができればよいだけじゃなくて、最近だと機械学習のことも知っておかないといけないし、なんだか幅広いなと感じます。

外神田:

業界ごとにどんな言葉で情報が探されているかの理解や想像力も必要だったり。

蔵前:

うむ、いい視点だ。

 

二人、微笑む

 

蔵前:

端的に言おう。SEOを難しくしているもの、それは「学際性」だ。

三人:

がくさいせい?

蔵前:

そう、学際性。

SEOは異なるフィールドのさまざまな知識を持っている必要があるという意味で難しい。

たとえば、コンピュータサイエンスや大規模分散処理システムへの理解、ユーザー理解や調査に関する知識、市場の文脈理解など。

市場の文脈理解はマーケティング知識と言ってもよいが、検索エンジンに紐づけていえば、対象とする業界でどのような言葉が検索に用いられているか、いわゆるクエリスペースの理解のことだ。

高度なプログラミングの理解はなくとも、例えば「ブラウザにURLを入力したらウェブページが表示されるまでに裏側で何が起こっているか?」は解像度高く答えられる必要があるだろう。

こういった複数分野の知識の結集がSEOには求められる。一方、、、

三人:

一方?

蔵前:

今言った各領域についての基本知識はすでに公開されており、隠されている情報は何もない。すなわち、ブラックボックスは、ない。

冷越:

はっ

蔵前:

これはレトリックでも何でもない。ファクトだ。

たしかに複数の専門領域について基本的な事項を学び、かつ常にアップデートしていく必要はあろう。

しかし、これを正しく行うことができれば、君たちのSEOの未来は明るい。

一堂:

おぉ…それは吉報。

蔵前:

そして、SEOを難しくしているもうひとつの要因、それはKPIの不明瞭さだ。

冷越:

KPIの不明瞭さ。確かに。順位なのか、検索エンジン経由トラフィックなのか、はたまたインデックス率なのか。正解が分からないまま、ただビジュアライゼーションするグラフが増えていきます。

蔵前:

これはGoogle自身も実は、最良の検索結果が分かっていないから、という側面もある。

三人:

えっ

蔵前:

自分たちではわからないからこそ、クオリティレイターに検索結果品質を判断してもらっているわけだ。

冷越:

なるほど。でも、それじゃぁ…

蔵前:

一方で、検索エンジンには複数のシステムのコンポーネントがあることを理解していれば、そのコンポーネントごとにKPIを設定することは可能だ。

冷越:

コンポーネント?… URL発見-クロール-インデックス-順位付け、のことですか。

蔵前:

そうだ。 Discovery - Crawl - Index - Rank。検索エンジンの処理フローの核といってよいだろう。重要コンセプトだ。この授業では今後、頭文字をとってDCIRと呼ぼう。

外神田:

冷越くん、今の話あとで教えて。

冷越:

生協のランチ、おごりね。

外神田:

えぇぇ(と、スマホでPayPayアプリの残高を見る)。はぁ…。

蔵前:

クロールに課題があるならクロール率を上げる、インデックスが課題ならインデックス率を上げる…このように自分たちのウェブサイトが検索エンジンのどのフェーズで課題があるかが分かれば、定量的なKPI設定が可能なのだ。

ちなみに、このあたりの話は次回以降の授業でも取り上げる予定だ。

先に進もう。

 

と、蔵前教授が黒板に大きくアルファベット三文字を書く。

今日のSEOの前提:IQF

蔵前:

それともう一つ、今日のGoogle SEOの前提となるコンセプトを共有しよう。それは、IQFだ。わかるかな?

 

外神田、冷越に頼ることなく自己解決しようとすばやくパソコンでググる

 

外神田:

(自信ありげに)はい、教授!

蔵前:

外神田さん、はい、どうぞ。

外神田:

Individual Quick Frozen、個別急速凍結の略です!

 

間。

 

外神田:

…(急に自信をなくし)って、Google先生が言ってます。

蔵前:

ははは、この授業が工学部かどこかの食品加工に関するテーマのものであればきっと正解だね。

間違えるのも無理はない。

これは私の造語で、まだ記事や論文で未発表なのだよ。

 

外神田、顔が赤くなる。

 

蔵前:

(外神田に)授業へのエンゲージメントが高いことは大変すばらしい。ありがとう。

IQF。これはInformation Query Fitの略称のことだ。ユーザーの検索クエリと情報がフィットしているかどうか、に関する関係を表現している言葉だ。

このフレーズはプロダクトマネジメントにおけるPMF、すなわちProduct Market Fitをヒントに考えた考案したんだ。

 

 

冷越:

PMF。聞いたことがある。スタートアップ系の人のTwitterアカウントでたまに見かける。

蔵前:

そうだね。プロダクトの成功には市場の捉え方がカギということ。このメタファーをコンテンツと検索クエリに置き換えたのがIQF。

IQFとは、ざっくり言ってしまえば、「そもそも自分のサイトの価値は何か?この情報の価値は何か?そもそもユーザーはその情報をどんな時に求めているのか?を整理・理解した上で、クエリとコンテンツのベストな適合を見つける、またはその能力」のこと。

この視点に立って、自分たちのページが1位にいるべきなのか?から冷静に分析できないとSEOの成功にはつながらない。

一堂:

1位が好きです。

蔵前:

かつてはIQFがなくともリンクスパムやキーワードスパム、あるいはとにかくものすごく長い文章を制作すればよい、など順位操作が可能な時代があったことは確かだ。

しかし、今日のGoogleによるスパム検知能力の着実な進化やIQFを察知する能力の向上を踏まえれば、サイト側もIQFを突き詰めなければいけないようになっているというのが真実と言えよう。

一堂:

僕の名前が3回連呼された気がします。

冷越:

IQFって、要するに「検索意図」の理解ってことじゃ…?コンテンツSEOが大事ってこと?

蔵前:

検索意図の理解、確かにそれも含まれる。が、しかしそれだけではない。例えば、Discoverでの露出を目指す場合、IQF能力=検索意図理解能力と考えるだけでは不十分だ。

冷越:

あっ…確かに。

蔵前:

DiscoverはGoogle検索の正当進化系の現れの一つだが、鍵になるのは文脈だ。文脈は検索ユーザーの位置や、過去の閲覧履歴などさまざまな情報ソースをもとに推定される。

冷越:

文脈…。

蔵前:

IQFを正しく把握するには、そういった文脈理解、さらにはさきほど話した「DCIR」の知識も動員した形での感知能力が求められる。

「価値あるコンテンツを作る」、これ自身は実はSEOではない。プロダクションだ。

IQF感知能力を動員しながら、例えば「すでにIQFがあるのにその価値が検索エンジンやユーザーに伝わっていないなら伝わるようにしましょう」、これがSEOの今日的なあるべき姿だ。

こう考えれば、ただ記事を作ること、盲目的にリライトする前に実施すべきことが色々と見えてくるはずだ。

 

三人、懸命にノートを取る。

と、授業終了のチャイムが鳴る。

 

蔵前:

お、もうこんな時間か。

蔵前教授が、そそくさと退室の準備を始める。

一堂:

先生、質問があります!

蔵前:

一堂君、質問に答えたいのはやまやまだが、このあとウォーハンマーの製作の続きをやらなければいけないんだ。

みんな、次回はDCIRを少し深堀して話をする予定だから、少し予習をしておいてくれ。

ごきげんよう。失礼。

 

蔵前教授、猛ダッシュで教室を去る。

 

外神田:

蔵前教授、子供のような顔をして嬉々として出て行ったわね。

冷越:

あのあたりのギャップは謎だね。

 

第一話完。

 

次回、白熱!検索教室第2回「Google検索を一つのシステムではなく、個々の組織としてとらえる視点(仮称)」に続く。

乞うご期待!