わたしがインハウスSEOから代理店に戻った理由 ——あるいは、16年間の生存戦略

代理店からインハウスへ転職し、そして再び代理店へ。16年間SEO一筋で歩んできた理由と、感じた緩やかな衰退への危機感。ロールモデルのいない業界での生存戦略を語ります。

はじめまして、こんにちは、こんばんは。コンサルタントの小坂です。

この記事は JADE Advent Calendar 2025 の15日目の記事です。

今回のアドベントカレンダー、とりあえずテーマを提示するときに、ざっくり「人生とか」と書きました。ちょっと風呂敷広げすぎたなと思いつつ……

若干後悔している様子 @社内チャット

ただ、最近採用に関わらせていただく中で、私のキャリアについてもお話しする機会が増えました。そこで、高確率で(体感8割くらい)聞かれる質問があります。

「なんでまた(インハウスから)代理店に戻ろうと思ったんですか?」

これ、私が逆の立場でも絶対に聞くと思います。そんなに多くはないキャリアだよなと自分でも思うので、今回は改めて私の社会人人生、もといまもなく丸16年のSEOのキャリアについて振り返ってみようと思います。

いわゆる「入社エントリ」的な内容になるのですが、私がJADEに入社したころは入社エントリをちゃんと書く文化がまだなかったので書いていませんでした。なので「実は入社してないんじゃないか説」を払拭するためにも(笑)、改めて入社エントリのような気持ちで、私のSEO人生を振り返ってみます。

これからSEOを仕事にしていく方、SEOのキャリアに迷っている方へ、一例として、何かヒントになれば幸いです。

長くなりますがお付き合いください。

【もくじ】

 

代理店でのキャリアスタート(2010年〜)

私が社会人になったのは2010年。アイレップ(現Hakuhodo DY ONE)に新卒入社しました。

リーマンショック直後の就職氷河期、同期は私含めて5人。そのうち4人は広告運用へ配属され、SEOグループへの配属は私ひとりだけでした。

私以外の同期がみんな同じチームに配属されていたので同期はみんな同じ会議に出席しているのがザラ。「新卒はとりあえず電話を取れ」という文化に則ると必然的に私だけが電話対応をすることになり、日に日に電話を取る速度が磨かれていきました。 あまりに早くなりすぎて、「お前しか電話とってないじゃん、他の新卒の奴らにも取れって言え」となぜか私が怒られる始末。理不尽ですね(笑)。

さて、私はアイレップに入社するまでSEOのえの字も知らないような状態でした。まずは渡辺隆広さんの『検索にガンガンヒットするSEOの教科書』を読むところから始め、その後はひたすらOJTで学ぶ日々。

1年目の終わりには新卒の中から1人だけ選ばれる新人賞的な賞をありがたいことにいただいたりもしましたが、入社5~6年目、30歳を手前にして壁のようなものにぶつかります。

何をやれば成長できるのかわからない、伸びている実感がまったくない、自分が今ダメな状態なのはわかるが何がダメなのかもわからない、みたいな、とにかく何もかもがうまくいっていない時期がありました。

モチベーションも下がり、仕事のクオリティも上がらない、そしてさらにモチベーションが下がるという悪循環。負のスパイラルに入っていました。

30歳手前で、「転職するなら今が最後のチャンスなのでは?」という全社会人が一度は通るであろうこの問いに私も例に漏れず直面し、転職を決意しました。

 

インハウスSEOのリアル(2017年~)

「一度は事業会社(インハウス)でやってみたい」代理店出身で転職する人の多くが言うセリフですが、例に漏れず私もそう思いました。ただ、「SEO専任」で募集している事業会社は当時本当に少なかったです。そんな中でご縁があったのが、ファッション通販サイト『BUYMA』を運営するエニグモでした。

「SEO担当が一人しかいないので増員したい」と聞いて入社したのですが、入社初日に「現SEO担当者が2週間後に辞める」という事実が発覚。

🤔❓

騙されたのではないかと思いながら(笑)、でも入社してしまったのでやるしかありません。

しかも前任者は、広告も解析も幅広く担当していたのですが、一方私はSEO一本槍。広告の管理画面も見たことがなければ、Google アナリティクス(GA)も素人に毛が生えた程度の状態でした。

入社直後、最初に依頼された仕事が「検索結果に新しい絞り込み機能を実装するから、GAで利用率を計測できるようにしたい」というものでした。

繰り返しますが当時の私は素人に毛が生えた程度で「イベントって何だっけ?」レベル。

「GA イベント とは」で検索するところから始まり、イベントカテゴリ/アクション/ラベルの概念を必死に理解しつつ、社内の誰にも聞けない状況でエンジニア向けの指示書を作成し、実装してもらうところまでこぎつけました。

サイトの状況や今どんな計測が行われているかもわからない、かつ素人の状態での初めての仕事がこれって今思うと結構ハードだなと思いますが、結果としてなんとか社内で「こいつはGAとSEOの人だ」という認知を得られたのではないかなと思います。

SEOの仕事としては、当時のBUYMAって本当にやることが山積みで、JADEの検索インタラクションモデルで言うとDCI部分の課題がものすごく残っていて、それを一つひとつ潰して地道に成果が出て、というのを繰り返していました。

その他にもLooker Studioで各部署や人ごとに求められるダッシュボードを作ったり、エンジニアリソースが多くは割かれていなかった『STYLE HAUS』というメディアで分析環境を整えるためにGTMでHTMLを元にいろんなイベントを発火させたり。すべてエニグモで初めて挑戦したことでした。SEO以外の知識を強制的に身につけざるを得ない環境が、結果として後々のスキルアップに大きくつながったなと思っています。

 

なぜ、再び代理店(JADE)へ?

エニグモでの仕事は本当に楽しかったです。エニグモは社内のSEO理解度がとても高く、マーケの部署のみならずエンジニアやCSもみんなSEOの重要度を理解してくれていて施策実装のハードルもほとんどありません。正直、転職する気なんてさらさらありませんでした。

そんな私がJADEに入った理由。それは、緩やかな衰退への抵抗でした。

事業会社で一人でSEOを担当しているということは、その場で一番詳しい人間が自分になります。自分の知識が正しいのか、古くなっていないのか、客観的に判断してくれる人がいないのです。

外部の情報を必死に取りに行かないと、知識がアップデートされない。でも、実務に追われて情報のキャッチアップにも一人だと限界があります。

また、正解のないSEOの仕事のうち、世の中に出てくる情報の中で自社サービスに活かせる情報はどこにどの程度あるのかもわかりません。砂漠の中で砂金を探し当てるような情報収集を行う必要があります。

情報のキャッチアップが追い付かない中で、自分のスキルが、緩やかに衰えていっている気がしていました。

そんなタイミングでアイレップ時代の先輩である日西さんと飲みに行き、そこで「今JADEにいるんだけど、どう?」と声をかけてもらいました。日西さんは4日前にアドベントカレンダーを書いているのであわせてぜひどうぞ。

blog.ja.dev

当時、JADEのことはもちろん知っていて、設立時には「こんなドリームチームみたいな会社できるんだ」と思っていましたし、業界で名前の知れた人がどんどん入社していくニュースを見ながら「こんなアベンジャーズみたいなことあるんだ」とも思っていました。

転職を全く考えていなかった当時ですが、もし転職するとしたら入れるかどうかはさておき、JADEしかないと思っていました。

そんなさなか日西さんから声をかけていただいて、「あー、挑戦するなら今がラストチャンスなのかもしれない」「自分が抱えている緩やかに知識が衰えているというような課題を解決できる会社ってここしかないかもしれない」と、本気で思いまして。

インハウスで衰えかけたように感じているスキルを、もう一度最前線で叩き直したい。これが、私が代理店に戻った一番の理由です。

ここまでまとめ by Nano Banana Pro

 

「じゃあ、小坂さんがなればいいじゃん」

新卒からSEOのキャリアを始めて、まもなく丸16年が経とうとしています。この間ずっと考えていることがあります。

「SEOだけで、一生食っていけるのか?」

SEOって結構ピーキーな仕事だと思っています。特に私がSEOを始めたころはSEOそのものの認知度も高くなく、将来こうなっていくんだという道もあまり見えていませんでした。

セミナーやイベントに登壇するSEOの方々を見ていると、みなさんSEOを突き詰めて研究を重ねている、すごい人ばかりだと思います。こんなところまで普段からやってないといけないんだとか、こんな視点を持てないとダメなんだとか、こういうスキルがないとダメなんだ、みたいに思うことも結構あるんじゃないかなと思います。目立つ人々って、やっぱりそういうすごい人なので。

私はめちゃくちゃジェネラリストタイプです。一つのことを極めるスペシャリストには向いていない自覚があります。寝ても覚めてもSEOのことを考えていたり、純粋にSEOが大好きで日々向き合っていたり、そうやってSEOを突き詰めていく人とは違う道でないと生きていけないと思っています。

また、SEOで求められるスキルはどんどん幅が広くなり、インターネットを取り巻く環境も変化し続けています。SEOという仕事の先は全然読めていません。でも、16年間ずっと読めないまま来たので、きっとこれからも読めないなりに、なんとか生きていけるのかなと最近は少し思うようになりました。

「SEOで一生食っていけるのか」この問いにずっと向き合ってきましたし、きっとこれからも考え続けるんだと思います。でも、なんとか約16年食ってこられました(笑)

ただ、この私が今「なんとかなった」と思っているのは、生存者バイアスの可能性はめちゃくちゃあります。それぐらいSEOって再現性がない職種なような気がしています。

SEOには、「これをすれば必ず成功する」といった100%の正解が存在しません。だからこそ、出会ったサイトや環境によって、この世の中にたくさんいるSEOの人でも成長した方向性っていうのが全く違うのではないかと思っています。

私という人も全く同じスキルを持った人はきっといないですし、ある意味全員が希少な存在なのかもしれないと最近は思っています。

SEOに正解がないように、SEOのキャリアにも王道のロードマップは存在しないのかもしれません。ロールモデルになるような人を探すこともとても難しいと思っています。

エニグモに転職した少し後くらいの時期に、SEO業界でずっと活躍されているとある方に雑談交じりにこんな相談をしたことがあります。

「SEO業界で活躍している自分より年上の人たちはみんな特殊すぎて、正直全く参考にならない。ロールモデルになるような人がいない。今後自分のキャリアをどうしていくべきなのか全然わからない」と。

その方も笑いながら「本当にいないよね」と同意し、続けて「じゃあ、小坂さんがなればいいじゃん」と言われました。この言葉は今でもはっきり覚えています。

冗談混じりの会話でしたが、そう言われるくらいロールモデルがいない仕事なのだと思いましたし、今でも思っています。

そこからさらに5年ほど経ち、私がその一つのロールモデルになれているかはわかりません。でも、だからこそ私のSEOとともに歩んだ人生の話が、今キャリアに悩んでいる誰かのヒントになればいいなと思ってこのブログを書きました。

 

最後に

代理店にもインハウスにも、それぞれの良さと大変さがあります。

今、自分に足りないものが何で、やりたいことが何で、得たいものが何で、どういう将来の設計をしていきたいか。安定したいのか、それともリスクを取ってでも挑戦したいのか。いろんな考えがあると思いますし、そのすべてが間違いではないと思っています。自分にとっての正解は、人それぞれ、人の数だけあるんだと思っています。

私はありがたいことに今までの選択に後悔がなく生きてこられていますが、今SEOの仕事やキャリアに悩んでいる方がいたら、同じように後悔のない選択をできるといいなと思っています。

今、JADEでマネジメントをしている立場からすると、仕事やキャリアに悩んでいる人がもしいるのであれば、JADEでその助けをできる方がもしかしたらいるのかもしれないなと思っているし、JADEでそういう助けができるといいなぁとも思っています。

漠然と悩んでいる方や相談してみたいなと思う方がいれば、X(@na_ko_226 )などでお気軽に話しかけていただければと思います!(カジュアル面談も大歓迎です!)

アドベントカレンダーは折り返しに入りました。明日は現在JADEでめきめき成長中のSEOコンサルタントの中嶌さんの記事です。おたのしみに!

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